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ぐるぐるぷらぷら

Silence is wisdom when speaking is folly.

ランドセル

 スーパーへ行く時間は、だいたい小学生の下校の時刻と重なる。数人でワイワイしながら帰っていく小学生は邪魔だ。危ないなぁ、と思いながらぼんやりと意識を遠くに飛ばす。あまり子供が得意ではない。

 

 今ではいろんな色のランドセルがあって、皆自由に好きな色を選んでいると聞いた時には、いよいよ時代は変わったな、と思った。

 もちろん私の小学生時代は男が黒・女が赤。それ以外は見たことがない。形もほとんど同じだった。それを小学校入学前に誰かしらに購入してもらい、卒業までの6年間使い続ける。全校生徒が一千人近い田舎のマンモス校だったが、違う色を使っている子を見たことがない。田舎の保守的さを差っ引いても、ランドセルは黒と赤に決まっていた。

 

 ふと目に入った男の子は紺色のランドセルだった。男の子はだいたい黒か青系統。女の子は赤か、赤よりのほんのりとしたピンク。案外ピンクピンクしてる子はいなかった。ランドセルは意外と高いと聞くので、何度も買い換える前提では買わないだろう。ということは5歳ぐらいであまりに突拍子もない色にすると浮くぞ、ということが分かっていたのだろうか。それとも親や祖父母に勝手に買い与えられたのか。言い聞かせられて、やむなくその色にしたりしていたのだろうか。本当は蛍光黄緑のランドセルが良かったのに!とか言ったりしている子もいるかもしれない。そんな色のランドセルがあるかは知らないけれど。

 

 目の前の横断歩道を横切る集団小学生の最後方で、もうだいぶ身体が大きくなっている三人組の女の子が点滅した信号を小走りで渡っていった。その女の子の一人が黒地にピンクの縁取りがしてあるランドセルだった。

 いいな、と思った。

 「黒といえば男」な色だけど、ピンクの縁取りによってそれが女の子のものだと分かる。もし地色が水色だとしたら他の子より浮いてしまうかもしれないが、それは多数の男の子が使っている黒だ。「黒なんて男だ!」とからかわれたことも一度や二度ではないかもしれない。それでもその女の子は「数年間」「数人の友達と一緒に」そのランドセルで過ごしてきたと推察する。ということはランドセルの色がどうであれ、その子には友達が数人いるし、数年間過ごすにはランドセルの色などさしたる問題ではなかったんだろう。

 

 幼稚園年長の時、自分の着ていた水着が嫌で嫌で仕方なく登園拒否をしたことがある。そんな理由で親は納得するはずもなく、無理やり集団登園の列に突っ込まれた。

 私の着ていた水着はオレンジで、スカートやレースがピラピラしている30年以上前の当時では普遍的な幼児の水着だった。今でも実家に帰ればその水着を着て庭のビニールプールではしゃいでいる写真があるはずだ。あまり洋服に好みを主張するようなおしゃまな幼児ではなかったと思う。それでも年長の時のとある夏のプールの日にその水着が突然嫌いになった。

 理由は簡単だ。年長にもなれば、おおよその幼児の水着はスクール水着にかえられたからだ。もちろん赤や黄色の派手な水着の子もいたが、とても少数だった。私は何も考えず着ていたオレンジの水着が恥ずかしくなったのだ。

 親からしてみたら、なんでそんなことで嫌がるのか分からなかったかもしれない。でも本人が相当嫌がっていたので次のプールまでにスクール水着を用意してくれていた。

 

 周りから浮くのが嫌だった。ランドセルも赤かった。他の人と違うことをしたくなかった。私は鈍臭くて他の人が出来ることが出来ないということが多かったので、せめて身なりや行動だけでも目立ちたくなかった。他の人がやっていることは、やりたくないことでもやった。習い事も友達が通っていたら通った。そうやって大きくなっていった。

 そして大人になった今、服装はモノトーンばかりだし、髪型もごくごく一般的。突出しているものは何もない大人になった。それでも成長過程の所々にはつまずくことがたくさんあったし、朗らかな学生生活を送ったかと言えばそうではなかった。

 何を怖がっていたのだろう。

 大人になればなるほど、誰かと同じという喜びは、あまり安心感を与えてくれるものではないと分かってくる。それでもiPhoneを持ち、スターバックスに入れるようになり、誰かと「そうそうそう!」と共感し、Facebookでいいねを押し、シンプルな服装をし、空っぽのまま街中を歩いていく。誰かと同じであるということは夢を諦めた一因でもあるのに、誰かと同じであるということを止められずにいる。

 

 あの黒いランドセルの女の子は、そんなことを感じることなく成長していくのだろうか。その世界はどんな風に見えるのだろう。それともいつしか私と同じように誰かと同じことに安心する人になっていくのか。いや実際は誰かと同じでいたいと思っているのかもしれない。

 小学生に戻っても、きっとあの黒いランドセルは選ばないだろうなと思う。ただあのランドセルはとてもかっこよく、可愛かった。